一般社団法人 茗渓会

筑波大学同窓会
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2014年12月10日掲載

公開講座「藤原教授の英語の話 第10弾」講演録

「英語をさかのぼる」

平成26年9月27日(土)筑波研修センター   
午後2時~3時30分

第10回目を迎える今回の講座では、魔法で恐ろしい竜に変えられ、小さな島に囚われの身となっている若い娘の救出談を読んで、600年ほど前の英語の特徴を探ることにした。

1.『マンデヴィル旅行記』

14世紀頃の西欧では、『マンデヴィル旅行記』と称される本が広く読まれていた。この旅行記はベルギー東部の町リェージュに住んでいた医師が1357年頃にフランス語で書いたもので、まもなくラテン語と英語に翻訳されたと考えられている。最も古い英語の写本は1400年頃のものである。
著者はこの本を聖地エルサレムへ巡礼しようとする人々の案内書として書き始め、道順、町、重要な地域の興味深い場所についてありきたりの説明をして、そのあとで、エジプト、小アジア、ペルシャ、インド、中国、その他多くの場所への旅の案内をしている。
この旅行記に登場する人間や事物や現象は、著者は見てきたと称するが、奇怪で信じがたいものが多い。たとえば、額の真中に目が一つだけある巨人族、首がなく目が肩についている人々、耳が膝まで垂れている人々、巨大な片足だけで飛び跳ねる人々、大勢の人が殻の中に住めるほど巨大なかたつむりなどである。にもかかわらず、この旅行記は当時の西欧で最も広く知られた本であることは間違いない。
著者は家から一歩も出ることなく、13~14世紀頃のイタリアの東洋旅行者、オデリコやカルピーニの見聞録を切り張りしたらしい。それゆえ、この旅行記は歴史的、地理的、文学的情報としての価値は乏しいが、1400年頃の英語の構造や特徴を知る上で貴重な文献であり、また、現在においても奇習異俗に満ちた愉快な読み物となっている。

2. ヒッポクラテスとその娘

『旅行記』の第4章は「竜になったヒッポクラテスの娘」の話が中心である。この話の背景として、地中海の東にあるランゴ島(現在はコス島 Cos)は、かつてギリシアの医学の父と呼ばれたヒッポクラテス (紀元前460-375頃) が住んでいて、ギリシア神話の医神アスクレピオスの祭儀の中心地であり、その祭儀と大蛇は密接な関係にあったこと、また、ヒッポクラテスにはドラコー (ラテン語のdraco、ギリシア語の drakon ‘dragon’) という息子または孫がいたと言われているということがある。なお、ヒッポクラテスはギリシアの哲学者プラトンの著作の中で著名な医師・教育者として言及されているが、広く諸方を旅したことでも知られている。

3. 『旅行記』の英語の特徴

母音は原則としてローマ字読み(he ‘he’ は「へー」、yeer ‘year’ は「イェール」、but ‘but’「ブット」)、ただし、ou は「オゥ」か「ウー」(doughter「ドゥホテル」、dragoun ‘dragon’「ドゥラグーン」)、i と y、v と u は互換性があり、have は haue、unto は vnto、upon は vpon とも綴られた。語末の -e は複数形以外ではたいてい無音(forme ‘form’、olde ‘old’)であった。動詞の3人称・単数・現在形は -eth の語尾を伴い、不定詞は -n で終ることが多かった。一方、than と then は元は同形であったが、『旅行記』では3つの異形 thanne, thane, than が用いられている。

4. ヒッポクラテスの娘の救出談

物語は、And somme men seyn that in the ile of Lango is yit the doughter of Ypocras in forme and lykness of a gret dragoun … 「うわさでは、ランゴ島には今でもヒッポクラテスの娘が巨大な竜に似た姿で住んでいる...」で始まる。島の住民は彼女を「島の貴婦人」と呼んでいる。彼女は古城の洞穴に住み、年に2~3回姿を見せる程度である。人が彼女に危害を加えない限り、彼女も人には害をなさない。騎士が彼女に近づき、キスをするまで、元の姿には戻れない。
そこで、a kyght of the Rhodes, that was hardy and doughty in armes, seyde that he woulde kyssen hire. 「武具を身につけた勇敢で逞しいロードス島の騎士が彼女のキスをしてやる」と言い、馬にまたがって洞穴に入っていった。ところが、騎士は彼女の恐ろしい形相を見て逃げ去る。竜は騎士を岩の上に運び、馬もろとも海に突き落とす。
次に訪れた騎士ではない若者に対して、彼女は自分の身の上を語り、騎士になって再訪し、恐れずにキスをしてくれと頼む。ところが、騎士になった若者は恐ろしい竜に驚き、あわてて逃げ去る。そして、whan sche sawgh that he turned not ayen, sche began to crye as a thing that hadde meche sorwe, and thanne sche turned ayen into hire cave. And anon the knyght dyede.「彼女は若者が洞穴に戻らないと知ると、深い悲しみに沈んだ者のように泣き出し、洞穴に入った。すると間もなく、騎士も息絶えた。」以後、彼女にキスができるほど勇敢な騎士は現れていない。

まとめ

物語はハッピーエンドではなかった。娘はその後どうなったか案じられるが、なにぶん古い話なので知る由もない。地中海の東岸の島々にはなぜか心引かれるものがある。

いつも熱心に私の話を聞いてくださる方々に会えるのが楽しみです。講演の後の質問も何が飛び出すかわくわくします。まさかあの竜を見たという人は現れないでしょうが。